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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)1384号 判決

原告

在日外国人参政権'92

右代表者代表

李英和

原告

李英和

右両名訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

大川一夫

井上二郎

上原康夫

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

阿多麻子

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、各金二二五万円及びこれに対する平成四年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが参議院議員選挙に際し、立候補届出をしたところ、選挙長がこれを受理しなかったことにより、選挙運動を阻害されたとして、国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告在日外国人参政権'92(以下「原告在日党」という。)は、平成四年六月一日、政治資金規正法六条一項に基づき設立された政治団体であり、在日外国人を構成員とし、代表者を原告李英和(以下「原告李」という。)とする。そして、在日党は、綱領として、「人種差別・民族差別に反対し、基本的人権の擁護に努め、民主主義を発展させるために、日本に定住する外国人の政治的自由と権利、参政権の獲得をめざす」ことを掲げ、団体の性格については「綱領を自主的に実践する在日外国人の個人が自発的に参加する政党である」としている。(争いがない)

2  原告李は、朝鮮を国籍とし、大阪府堺市で出生した在日朝鮮人三世であり、いわゆる特別永住者であって、関西大学経済学部専任講師として勤務するほか、原告在日党の設立当初から、その代表者として中心的に活動してきた。(原告李本人尋問)

3  原告在日党は、平成四年七月二六日執行の参議院比例代表選出議員選挙(以下「本件比例代表選挙」という。)の公示日である同月八日、在日党に所属する者一〇名を同選挙における候補者にするため、当選人となるべき者の間における順位を記載した名簿を本件比例代表選挙選挙長に届け出るとともに、右名簿登載者ら全員の外国人登録済証明書を添付して提出した。(争いがない)

4  本件比例代表選挙選挙長は、原告在日党に対し、右同月一三日付で、右名簿登載者らの戸籍謄本又は抄本の添付がないことを理由として、右届出を受理しない旨通知した。(争いがない)

5  原告李は、同月二六日執行の参議院大阪府選挙区選出議員選挙(以下「本件大阪府選出選挙」という。)の公示日である同月八日、同選挙の候補者になるため、本件大阪府選出選挙選挙長に対し、立候補届出書を提出し、これに原告李の外国人登録証明書を添付して、右選挙についての立候補届出をした。(争いがない)

6  本件大阪府選出選挙選挙長は、原告李に対し、同月一六日付で、原告李の戸籍謄本又は抄本の添付がないことを理由として、原告李の右届出を受理しない旨通知した。(争いがない)

二  争点

1  原告らの主張

(一) 選挙長の権限及び立候補届出不受理の違法性

(1) 公職選挙法(以下「公選法」という。)違反について

本件比例代表選挙及び本件大阪府選出選挙の各選挙長は、原告らの各立候補届出について、形式的審査権を有するものの、たとえ形式的要件を具備しない立候補届出であっても、これを受理したうえで、却下すべきであり、右瑕疵のある届出を不受理扱いとすべき公選法上の根拠はない。したがって、右各選挙長の不受理の処置は、同法八六条の二、八六条に違反する違法行為である。

(2) 公職選挙法施行令(以下「施行令」という。)違反について

ア 施行令八八条五項、八九条の二第三項二号では、立候補届出書に立候補者の戸籍の謄本又は抄本の添付を要する旨規定しているところ、その趣旨は、専ら届出者と候補者又は当選人となるべき者の順位を記載した名簿の登載者との同一性を確認するための資料の提出を求めることにある。したがって、右規定は人物の同一性を確認するための資料の例示であり、原告らの各立候補届出に添付した外国人登録済証明書ないしは外国人登録証明書は、右規定によって求められた必要書類添付の要件を具備し、充足させるものであった。

イ 仮に、右規定所定の添付書類が戸籍の謄本又は抄本に限定されているとすれば、定住外国人の有する被選挙権を侵害するものであり、かつ、国籍により定住外国人を差別する結果をもたらすものであるから、右各規定は、次のとおり、憲法一五条、一三条、一四条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「国際人権規約B規約」という。)二五条一項に違反し、無効である。そして、原告らの各立候補届出を受理しないこととした各選挙長の措置は、右各規定に違反する違法行為である。

(3) 憲法及び国際人権規約に対する違反について

ア 在日韓国・朝鮮人の大半は、戦前戦中に日本の植民地支配のもとにおいて、強制連行され、又は生活のため止むを得ず渡航し、日本国内に定住するようになった者及びその子孫である。そして、本件比例代表選挙における原告在日党の前記名簿登載者及び原告李は、日本で出生し(但し一名は、三歳時に来日した)、勉学し、労働し、その生活歴のすべてが日本国内にある特別永住者である。また、在日韓国・朝鮮人は日本社会の構成員として納税義務を負担している納税者でもある。

イ 憲法一五条一項では、公務員を選定罷免することが国民固有の権利であると規定しているところ、同規定上の「国民」は必ずしも日本国籍保持者を指すものではなく、これを如何に解するかは、国民主権の概念をいかなる趣旨と捉えるかに関わっている。ところで、国民主権の実質は、人民による自己統治であり、政治的決定に従うものは当然その決定に参加できなければならないという民主主義の原理と結びつく。したがって、その政治社会における決定に従わざるを得ない構成員たるすべての市民が主権者である。

また、「代表なきところに課税なし」との近代立憲民主主義の基本理念に照らすと、納税義務者は、租税の徴収と使途につき主体的に決定し、あるいは批判する権利を当然に持ちあわせなければならない。したがって、納税者は主権者であることが必要である。よって、原告ら定住外国人は、主権者であり、憲法一五条により、選挙権及び被選挙権が保障されている。

ウ 次に、日本国が批准している国際人権規約B規約二五条では、「すべての市民は、直接に、又は自由に選んだ代表者を通じて、政治的に参与する権利を有している。」旨規定している。同条が、その権利主体を「国籍を有する国民」とはしないで、「すべての市民」としているのは、国籍保持者に限らず、社会の構成員と認められる者には、選挙権を付与する趣旨である。

したがって、原告李ら定住外国人は、右規約によっても、選挙権及び被選挙権が保障されているところである。

エ 施行令八八条五項、八九条の二第三項二号に基づく立候補届出書添付書類が戸籍の謄本又は抄本に限定され、これを提出し得ない在日韓国・朝鮮人の立候補を制限する趣旨であるとすると、投票日には帰化して日本国籍になるものの、立候補届出時にはいまだ外国人である者の立候補の権利及び自由を侵害することになる。

オ そうすると、施行令八八条五項、八九条の二第三項二号だけでなく、その根拠法条となっている公選法一〇条、八六条四項、八六条の二第二項についても、憲法一五条、一三条、一四条、並びに、国際人権規約B規約二五条に違反する規定であるといわなければならない。

(二) 原告らの損害

(1) 原告在日党は、本件比例代表選挙について、同選挙選挙長による立候補届出受理の拒否によって、その候補者の立候補及び選挙運動ができなくなった。そのため、原告在日党所属候補者の被選挙権及び原告在日党の選挙活動の自由が侵害され、有形・無形の著しい損害を被った。

(2) 原告李は、本件大阪府選出選挙について、同選挙長による立候補届出受理の拒否によって、立候補及び選挙運動ができなくなった。そのため、原告李は、その被選挙権及び選挙活動の自由を侵害され、著しい精神的苦痛を被った。

(3) 原告らの右損害を慰謝するためには、各二〇〇万円の賠償が必要であるところ、本件訴訟の提起及び遂行のための弁護士費用として各二五万円の出捐を余儀なくされたので、これについても賠償支払を求め、かつ、原告らの各立候補届出についての受理拒否行為がなされた日の翌日である平成四年七月九日から右各支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被告の主張

(一) 選挙長による立候補届出に対する審査権限

本件比例代表選挙及び本件大阪府選出選挙についての原告らからの各立候補届出の適否につき、各選挙長は形式的審査権を有し、届出書類に必要事項の記載のない場合や必要な添付書類が添付されていない場合には、届出の受理を拒否することができる。

(二) 施行令による形式的要件の趣旨

施行令八八条三項及び八九条の二第五項では、立候補届出における候補者又は当選人となるべき者の間における順位を記載した名簿登載者の氏名は、戸籍簿に記載された当該候補者又は右名簿登載者の氏名を記載しなければならない旨規定され、また、公選法八六条三項及び同条の二第二項一号では、立候補の届出書には、候補者の本籍の記載が必要である旨規定されている。更に、同法一〇条では、同法三条所定の公職公選のための選挙について、被選挙権を有する者を日本国民に限定している。そして、日本国民の身分関係及び本籍を公証するものは戸籍簿であり、その公的呼称は戸籍簿に記載された氏名のみである。そこで、選挙長が、候補者又は名簿登載者の氏名が戸籍簿に記載された氏名と同一であること、及び候補者の本籍が記載されていることを戸籍の謄本又は抄本によって確認することを求めるため、施行令八八条五項、八九条の二第三項二号で、立候補届出書に、戸籍の謄本又は抄本の添付を求め、選挙長の権限及び義務として規定されている。

(三) 本件比例代表選挙及び本件大阪府選出選挙について、各選挙長は、原告らから提出された立候補届出書について形式的審査を加えたところ、施行令八八条五項、八九条の二第三項二号所定の戸籍の謄本又は抄本の添付がなされていなかったため、右各届出を不適法な届出であるとして、受理しない旨の処分を決定し、その旨通知した。したがって、右各選挙長の右各処分に違法性はない。

3  中心争点

(一) 選挙長は、立候補届出書についての形式的審査権を行使して、右届出を受理しないこととすることが許されているか否か。

(二) 施行令に基づく立候補届出書添付書類として、外国人登録済証明書又は外国人登録証明書を提出することの適否。

(三) 在日韓国・朝鮮人に被選挙権を認めない趣旨の公選法上の規定は、憲法及び国際人権規約に違反しているか否か。

第三  争点に対する判断

一  中心争点(一)について

1 公選法上、選挙長は、当選人を決定する手続としての選挙会に関する事務を中心になって担任すべき権限と職責を負う(公選法七五条、八〇条)。そして、公職の候補者となろうとする者、すなわち立候補者は当該選挙長に対し、文書でその旨を届け出なければならない。この届出文書提出の際には、同時に、参議院比例代表選出議員の選挙以外の選挙においては、公選法八六条三項により右立候補届出書に候補者となるべき者の氏名及び本籍等を記載するほか、施行令八八条五項により、候補者の戸籍の謄本又は抄本を添えなければならない。また、参議院比例代表選出議員の選挙では、公選法八六条の二第二項七号、施行令八九条の二第三項二号により当選人となるべき者の間における順位を記載した名簿登載者の戸籍の謄本又は抄本を添えなければならない。

2 選挙長は、その権限と職責に基づき、立候補届出書及びその添付書類について、公選法及び施行令等に基づく形式的要件が具備されているか否かの点について、審査しなければならない。この審査は、事実行為としてなされる書類の授受における受付事務ではなく、右趣旨に基づく法的観点からの検討であって、その審査結果は、法的意思の表明を含む法的判断であるから、行政処分行為に該当する。そして、選挙長の職務権限及び右審査の法的性質からすれば、審査の結果、届出行為を受理することのほかに、これを受理しないとすることも包含されているものと解するのが相当である。なお、右審理を誤って受理した場合に、先になした受理を取消し、あるいは受理を却下するとすることがあるとしても、これは別論である。

3 原告は、「選挙長には右趣旨での立候補届出に対する不受理を決定する権限がなく、すべての立候補届出書を受理したうえで、形式的要件を欠くときは、右届出を却下するほかはない。」旨主張する。

しかしながら、右判示の点のほか、選挙が適正・迅速に執行されることを確保するため、立候補届出書及びその添付書類についての前記各法条はいずれも届出の効力要件と解すべきものであるうえ、原告主張の審査方法によるときは、かえって選挙運動が開始されていた場合等における事態の混乱を招くおそれもある。したがって、原告の右主張は採用できない。

4 したがって、原告らの本件各選挙における届出に対し、各選挙長がいずれもこれを受理しないこととして、その旨通知したことは、公選法に基づく処分であって、原告らの主張(一)(1)の違法性を認める余地はない。

二 中心争点(二)について

公選法の前記一記載の各法条によれば、立候補届出書には候補者の戸籍の謄本又は抄本を添付すべきところ、その趣旨及び目的が候補者となろうとする者の特定にあることはもとよりのところ、更に、選挙の適正・迅速な執行を図るため、形式的要件を定めることによって、実質的要件としての被選挙権の有無の審査に先行させ、その確実な履行を確保することによって、当該選挙の本旨を全うさせることにあることも明らかである。したがって、原告在日党については、公選法八六条の二第二項七号、施行令八九条の二第三項二号に、原告李については、公選法八六条四項、施行令八八条五項に各所定の「戸籍の謄本又は抄本」を添付書類として提出すべきであることは、公選法一〇条に照らしても、立候補届出の効力要件であり、添付書類として、限定的に解釈すべきものである。したがって、原告らが提出した外国人登録済証明書ないしは外国人登録証明書をもって、これに代えることは公選法の予定しないところであると解される。

そうすると、原告らの立候補届出について、本件各選挙長のなした不受理処分及びその通知は、いずれも公選法に基づく措置として適法であり、原告らの主張(一)(2)の違法事由は存しないというべきである。

三  中心争点(三)について

1  外国人の選挙権及び被選挙権について

選挙権及び被選挙権は、憲法一五条によって保障されているところ、右権利は、国民主権原理に基づくものであるから、同条の「国民」とは、日本国籍を有する者のことであることは明らかである。したがって、憲法一五条に基づく国会議員についての選挙権及び被選挙権の保障は、日本国籍を有しない者(以下「外国人」という。)には及ばない。

2 定住外国人の選挙権、被選挙権について

原告らは、日本に定住する在日韓国・朝鮮人を初めとする外国人(以下「定住外国人」という。)が日本の政治決定に従わざるをえないことをもって、国民主権原理における「国民」に該当する旨主張する。しかしながら、外国人の日本国内における滞在期間が長くなることにより、日本法の適用を受ける期間が長くなるにしても、定住性の点をもって、他の外国人と殊更異別に解する憲法上の理由については、憲法一三条、一四条に照らしても、これを見出し難いというほかはない。そして、納税義務を負担していることを理由とする原告らの主張についても、右と同一であり、国会における決議事項が租税に関わる事項に限られないことに照らしても、選挙権ないし被選挙権の保障に関し、定住外国人が他の外国人と異なるとは解されない。

3  原告ら指摘の事例について、原告らは、外国人に憲法一五条の権利保障が及ばないとして、立候補届出の際に戸籍の謄本又は抄本を添付できないときは、立候補自体が制限されると解するとすると、立候補届出時点では外国人であったものの、その後の投票日には帰化して日本国民となった者の立候補の権利をも侵害することになると主張する。しかしながら、立候補の権利は被選挙権の存在を前提とするから、その可能性の存在だけでは足りないというべきであり、立候補の時点で外国人である以上、その権利を侵害することにはならないことが明らかである。

4  国際人権規約違反の点について

国際人権規約B規約二五条では、選挙権を保障し、その権利主体を「すべての市民」と規定するが、右規定が、締約国における国籍保有者の選挙権のみならず、定住外国人の選挙権まで保障する趣旨であると解することはできない。

四  以上によれば、本件における原告らの各届出は、戸籍の謄本又は抄本の添付を欠く無効なものであり、各選挙長には右届出の受理を拒否する権限があったと認められるから、各選挙長の不受理行為が憲法、国際人権規約B規約及び公選法に違反するものであるとは認められない。

よって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官佐藤道明 裁判官丸山徹)

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